北海道自転車旅行 -6日目-
<2005.8.27-9.7 Sat-Wed>


2005/9/1(木) 6日目 岩手県一戸町〜青森県八戸市〜(フェリー)〜北海道苫小牧市




6時には起床。空白の時間があっという間に過ぎた感じだった。まるで、寝ている間の時間を飛ばして、寝た瞬間と起きた瞬間の時間がくっついたような感覚だった。それを感じたのも、寝たときも起きたときも同じ姿勢だったからである。とういのも、寝返りを一度でも打とうものなら、ベンチから落下してしまうからだ。寝ている間も、それが意識のなかにあったのだろうか。自分としても信じられなかったが、人間そういうものなのだろう。


        
                   -小鳥谷駅外観-                     -中はこんな感じ…あまりわからないか-                



ここで初めて、持ってきた水が役に立った。朝の歯磨きの時に、その水を活用した。ko-1から銀マットを再び預かり、寝袋をたたんで、水色のリュックと共に荷台にくくりつける。もう6日目となれば荷物の積み込みは慣れたもので、スムーズかつ確実に終わらせることができた。それでも、相変わらずko-1は早い。


さて、再び国道へ戻り、八戸方面へ向かう。6:35に出発。
すぐに集落を抜け、川沿いにいかにも山間部といった風景の場所を通る。出発してわずか5分後、東京から600km地点のキロポストを発見。ついに来るところまで来たか。八戸方面は4号線を外れてしまうので、100kmごとのキロポストはこれで最後だ。700km地点は恐らく青森まで行く途中にあるだろう。


        
        -600kmキロポスト-                    -山間部です-                



山間の道を抜け、一戸市街付近を通る。私たちはそのまま国道4号線に沿って進むが、左手に一戸市街を見ることができた。少しくぼ地になっているようだった。

この辺は、ミニストップが多いのだろうか、右手にミニストップを発見した。まだ朝食は何も食べてなかったので、ここで朝食にした。とりあえずカロリーが高いものということで、塩カルビ丼を食べる。

これから通る道に温泉があるということなので、その情報収集…といっても立ち読みするだけであるが、意外とコンビニにもその手の本は置いてあるものである。緑風荘という温泉が紹介されていたので、そこへ行くことにした。とりあえず施設名だけは覚えておいて、後にネットで調べてみることにした。


朝食も終わり、出発の準備をする。今日の天気は快晴。日焼け止めを塗って、準備万端。7:50に出発。4号線に沿って進む。


ここから先は、再び山間の道を走っていく。道としてはそれほど走りにくくもない。着実に距離を重ねていく。その間に、先の緑風荘についての情報を携帯で調べる。とりあえず、金田一温泉の中にあるということと、座敷わらしが出るということはわかった。というわけで、とりあえず金田一温泉に行ってから探すことに。…行き当たりばったりな感じだが、時間の制約もほとんどないと言っていいのでよしとしよう。というよりも、ko-1にはいつもこんな思いつきの予定に付き合ってもらい申し訳ない。


八戸自動車道の一戸インターを過ぎ、馬仙大橋を渡り、少し上り坂になった後、二戸付近へ。二戸駅入口には8:20に通過、走行は12.5kmだった。結局、新幹線の駅は盛岡から、沼宮内と二戸にあるようだ。二戸新幹線が止まるだけあって比較的開けている。新幹線が通ったということで、これからの発展が期待できるという地域かもしれない。

道としては、走りやすい。4号線のピークは昨日過ぎてしまったので、基本は下りである。路肩も広く自転車としては走りやすい。


辺りが一面田んぼになってるところに、「金田一温泉」との看板が。そして、その右折地点では、大きくゲートというか、アーチのようなものが設置してあって、ようこそ金田一温泉…という感じのメッセージが書いてあった。そこから東方向へ走っていく。1kmくらいだっただろうか、金田一温泉へ到着。大きな駐車場に、案内板があったので、それを見て緑風荘を探す。…ん〜どうやら一番端の方にあるらしい。でも、北方向だったので、そのまま4号線へ合流できそうな位置だった。


学校の横を通っていき、緑風荘に到着。宿泊客も何組かいたようで、車が何台か止まっていた。
旅館の前には、金田一京助の歌碑があった。岩に彫られていて、横にはその案内が。


緑風荘のようないわゆる「民宿」には普段宿泊する機会がないので、ビジネスホテルばかりに泊まっている私にとっては、その設備にはちょっと驚かされた。


        
                  -金田一京助の歌碑-               -新聞記事がたくさん 主に座敷わらしや現状について-



正面玄関の横に自転車を止めて、お風呂セットを荷物から取り出して、いざ中へ。日帰り入浴は9時からだったが、もうあと数分だったので、そのまま受付へ行く事にした。奥におじさんがいたので、呼んで、入浴料500円を支払う。なんだか無愛想な感じだったなぁ。そんなもんなのだろうか。

奥にある浴場へ向かう。さすがにこの時間なら誰もいない。いたのは掃除のおばちゃんだけであった。ちょっと終わるのを待つべきだっただろうか、しかし、一応入浴時間になっていたので、そこは気にせず浴場へ。

二人だけの大浴場というのも贅沢である。とりあえず、2日間お風呂に入ってなかったので、しっかりと全身を洗う。気持ちいいですねぇ。しかも、ただの2日間ではなく、日差しに照らされて日焼け止めと排気ガスや空気の粉塵を浴びていたので、そうそうの汚れ具合ではないだろう。
朝一番ということで、一番大きな浴槽のお湯がぬるかったが、それは文句を言っていられないだろう。

温泉は、施設にかなりの年代を感じはしたが、非常に快適で気持ちよかった。実は来るまでは膝の痛みなどもあって一刻も早く目的地に着きたいと考えていたため、寄り道することに反対だった。しかし、入ってみると心も体もリフレッシュでき、驚くべきことに膝の痛みも和らいだように感じられた。
お風呂に入ってしっかり温めるのも、意外に即効性があるようだ。
この頃は痛みのせいで、どうもピリピリしており、まるには迷惑をかけてしまったと思う。
やはり、コンディションが悪いときはしっかり状況の確認をしておかないと、お互い良くないかもしれない。反省。


さて、ゆっくりしたところで、浴場を出る。ちょうど入れ替わるように、若者二人が入ってきた。どうやら、バイクでツーリング中のようだった。私たちは、浴場を出てフロントでゆっくりした。座敷わらし関係の新聞記事がたくさん掲示してあった。しかし、この不況で経営も大変らしい。廊下や各所には、寄付された人形がたくさんおいてあった。一つ一つに、県名と名前が書いてあった。おそらく、ここに住むといわれている座敷わらしのための人形なのだろう。それはかなりの数に上ると思われる。


緑風荘を出たのは10:25であった。ここから、北方面へ走り、4号線へ合流する。
再び4号線をひた走る。


青岩大橋を渡り、青森県三戸町へ入ったのは10:40であった。金田一温泉から青森までは、わずか15分とかからなかった。  


     
                     -金田一温泉 北側-                   -いよいよ青森県へ 本州最後の県-



ここから、なんと上りになる。これが結構長い。登坂車線まで用意されているというかなりの坂であった。ここからは、久々の上りということで、かなりゆっくりと走っていった。これを下り、さらにもう一つヤマを越えて下るときに、道の駅があった。


さらにその先には、なんぶ青森物産館というのを発見。到着11:45、走行41.2kmだった。おみやげというよりも、地元の物産を地元の人に売っているという感じである。せっかくなので、ここで休憩を兼ねて寄ることに。店内には、ぶどうやプラム、メロンや桃など、さまざまなものが売っていた。ユウガオなんていう巨大なものも売っていた。しかし、自転車ということもあって、なかなか物は買えないので、ここではアイスを食べて終わりにすることに。メロンを買って後で食べてもよかったのだが、北海道にたらふくあると思うし、切る道具をもっていなかったので、ここでは断念。でも500円くらいで買えたので、ちょっと惜しい感じだった。


アイスを買うときに、店のおばちゃん二人とちょっと話した。ん〜東北弁はわからないと言うけど、ホントだった(^^ ;)ところどころ意味不明な単語が飛んできて、「??」だった。


私がいろいろと物色している間に、ko-1は一眠りしていたようだ。「出発する時に起こして」と言っていた。ちょっと疲れがたまってきてしまっているのだろうか。

外で、メモを書いている間に、中のおばちゃんがシフォンケーキとプラムを持ってきた。なんと、私たちにくれるらしい。旅人にはみんな優しいなぁと思いつつ、お礼を言って、ありがたく頂く。朝にミニストップで食べて以来だったので、それも手伝ってか、すごくおいしかった。12:20に出発する。


その先に、ヒッチハイカーを発見。まさにテレビで見たそのままだった。画用紙に行き先を書いて、行き交う車に笑顔で訴えている。私たちが通ったその一瞬では捕まえられなかったようだ。私たちはそのヒッチハイカーに手を振る。向こうもこっちに気付いたらしく、笑顔で手を振ってくれた。


さて、その先の上りを越えた後、剣吉付近で八戸と青森方面の分岐が見えた。ここで、長く走ってきた4号線とも別れを告げて、104号線を八戸方面へ走っていく。ここで12:40、走行45.2kmであった。

ここから、八戸まではひたすら走っていくのみ。13:10には八戸市内へ、ついに本州最後の市である。
かしひき橋を渡り、馬渕川を越えていく。


    
-いよいよ八戸市へ-                          -八戸駅へ到着-



八戸赤十字病院の手前で、104号線を八戸駅方面へ左折する。一応、道路の案内板に沿って走っていく。大きな橋を渡り、東急インを目標に走る。…東急インって、大きな駅にはかならずといっていいほどあるビジネスホテルである。


八戸に着いたのは、13:55、走行は59.8kmであった。八戸はかなり大きな駅だった。駅前ロータリーの、駅名が見える地点で、いつものように記念撮影をしてから、今日の昼食ポイントを探す。


とりあえず、本八戸方面へ。そこまでは、まさに道の広い都会といった感じで、路面状況も悪くなかったし、交通量もさほどのものではなかった。
しかし、本八戸近辺には何もない。というか、バーか高級料亭といった感じの店しかなく、手ごろな値段でご当地料理が食べられる店は見つからなかった。


ということで、本八戸は断念し、とりあえずフェリーポートへ向かう。待合所で何かないか、またその近辺に何か…というよりもファミレスがないか期待しつつ、八戸のフェリーポートへ。


さて、港の付近は大型トラックが往来するためか、道幅は広く取られている。自転車も実に走りやすい。
フェリーポート周辺は、動物飼料の工場があるためか、エサのにおいが辺り一面に漂っている。…それほど気になるものでもないのだが、あまり長い間嗅いでいたくはないにおいだ。


フェリーの待合所に着いたのは、15:30のことであった。走行は73.9km。かなり昼食をひっぱってしまっていたので、ここらで決着をつけたいところだったが、どうやらそうもいかないらしい(笑)


フェリーの待合所に着くと、ko-1が中を見に行ってくれた。私はその間に時間のチェックや書き物をする。
1階がチケット売り場、2階が待合室と飲食店があるようだ。…飲食店といっても、大それたものではなく、とりあえず空腹は満たされるという程度のものだった。だが、時間を潰せるような場所ではなかった。



-八戸フェリーターミナル-



ん〜、仕方がない、再び街まで出て、ファミレスでドリンクバー片手に居座る事にした。というわけで、いつものgoogleローカルを使って、付近のファミレスを探す。と、見事に周辺にはファミレスが無かった。フェリー乗り場があるから近くにもあるだろうというのは甘かったらしい。


ということで、来た道をそのまま戻り、本八戸方面へ向かう。途中、ドコモショップを発見したので、ついでに充電してもらうために立ち寄る。
旅行中、携帯電話のバッテリー管理は重要である。浪費しないような使い方・設定をすることと、充電できるところではしておくことである。


結局、国道45号線沿いのMilky Wayへ行く。これは迷わずに発見することができた。辺りにはカメラのキタムラやコナカがあり、まったく東京の方と変わらない。

Milky WayはBig Boyの系列だったらしく、メニューにはハンバーグなど肉を中心としたメニューが並ぶ。ここでは、ドリンクバーに加えてサラダバーも注文し、1000円越えの豪華な昼食となってしまったが、夕食は船の中でコンビニ食…というか、軽くつまむ程度だと思うので、これはこれでよしとしよう。


フェリーの乗船開始時間が21:00からだったので、18:40に余裕を持って出発する。途中、電池パックを預けておいたドコモショップに寄り、充電してもらった電池パックを受け取る。店はだいぶ賑わいを見せていた。ついでに、ドコモ東北のパンフレットをもらっていった。それを見たko-1は「また荷物を増やしてー」と言っていたが、まぁ隙間に挟むだけなのでそういう楽しみもありってことで大目に見てほしい(笑)


さて、フェリー乗り場までの道にローソンがあったので、そこで今夜の食料を買っていく。途中に、歩道を占拠して何か農作物を干している老夫婦がいたが、一体何を干していたのだろうか。一見、縄か何かにつかうような植物に見えたが、その真相は謎のままだ。


ローソンでは、今夜の食事と酒、つまみを買っていく。メロンパンと缶チューハイと、いつものいかそうめんを買う。
ここへきてツタヤのカードでティーポイントが溜まることに気付き、ポイントを入れてもらう。


同じ道を通って、フェリー乗り場へ。19:20に到着。今日の走行は84.0kmだった。乗船券を窓口で購入。電話で予約しておいたので、そのままスムーズに購入。学生で予約しておいたのだが、窓口では学生証の提示も必要無く、意外と適当だった。


さて、乗船券と自転車につける札を受け取り、とりあえず自転車の準備をする。自転車もバイクと同様に、船の脇のバイク駐輪場に一緒に置いておく。
船内の車庫には人の滞在、出入りは禁止になっている。とりあえずは盗難の心配はそれほどなさそうなので、持っていく必要の無いものは自転車に積み込んだままにすることにした。

というわけで、身支度のための道具と、寝袋を持っていく。ロープや水、その他の着替えなどは、サイドバッグに詰め込んでおく。小物やらいろいろと荷物の整理をしていたら、結構時間がかかってしまった。後ろに積んでいた水色のリュックに、持ち込むものを全て詰め込んだ。あとは、待合所で待つだけである。


準備している途中、埼玉から来たというおじさんと話す。夫婦でロッククライミングをやっているらしく、今回もそのために車で来ているらしい。東北道をずっと走ってきたようだ。さすがに車であったため、丸一日で到着したようだ。6日もかけてここまで来た私たちとは大違いだ。…といっても相手は車であるが。



-荷物の準備 右の方にはバイクがたくさん止まっていた-



荷物の準備が20時前には終わってしまったので、2階の待合所で荷物を置いて、21時の乗船開始時間まで時間を潰す。自転車やバイクは乗船の際に放送がかかり、それぞれが船の中へ移動するという形になる。
それまでは暇だったので、メモを書くなり、実況ブログへ投稿するなり、ko-1とこれからのこと、これまでのことを話しながら、時間まで過ごす。


さて、20:45にはバイクの乗員のために放送がかかった。私はよく聞こえなかったが、ko-1はしっかり聞こえていたらしく、移動を始める。


もうバイク駐輪場にはたくさんのライダーが集まっていた。係員が、テキパキとキップをチェックしていく。


船の方が準備できると、係員の合図と共に一斉に船に向かって走っていく。私たちもつられて走り出そうとしたが、自転車はバイクが全て乗り終わってかららしく、止められてしまった。その後、気を取り直して乗船する。

ガタガタの渡し部分を通り、船内へ。いかにもなんというのだろうか、倉庫といった感じのところで、下はガタガタ、塗装が所々で剥がれていて、コンクリートがむき出しになっていた。見渡してみると、車を固定するためのフックをかけるリングがいたるところにうまっていた。ここまで大型の船なので、あまり揺れることは無いだろうと思っていたが、完全に固定してしまうようだ。万が一何かがあったときのためだろう。

我々自転車は、入って陸側の壁沿いに駐輪ということになった。ちょうど、その内側にバイクが列をなして止まる形になる。自転車は鍵をかけずに、そのまま黒いゴムバンドで固定する形になる。前述したが、駐車場には乗客が入れない事になっているので、まぁ大丈夫だろう。しかも、係員の指示があるまでは、到着したときも動かせないからだ。


さて、まだ車と、一般の乗客も乗ってきていない中、私たちは船室へ向かう。そう、ライダー達と共に、一番乗りだった。

フェリーはただの移動手段だったため…というよりも、学割料金だったため、2等船室となっている。階段を上がると、シャワー室の横を通り、2等船室へ向かう。事前に聞いていたが、広い絨毯敷きの大部屋でそれぞれ、思い思いの場所を探す。とりあえず、団体用に確保されている場所から少し離れたところの窓際に陣取ることにした。

さすがに、どまんなかで寝るのは落ち着かないので、壁際を確保する。早速荷物を置いて、寝袋を広げる。次第に、一般の客も続々と入ってくる。そうこうしないうちに、2等船室はにぎやかになっていった。そう、一人旅だけの人ならともかく、フェリーに乗るような人たちみんながみんな1人旅というわけではない。ということで、必然的にうるさいほどににぎやかさを呈してくる。小さな宴会が所々で開かれている状況で、さすがにちょっと環境が良くない。


とりあえず、周辺を散策してみることにした。船内の状況を見る。
フロントを通って、船尾へ向かう。途中、ゲームコーナーや売店を通り、先端部分の展望室へ。ここ、船尾ということだけあって、2等じゃだめかと思っていたが、そうでもなく、2等船室であった。しかも、小部屋が二つ、さらに先端部分の展望室では、まだ人がまばらであった。2等船室の大部屋とは全く違った雰囲気だった。というより、こっちの存在を知らないのかもしれない。かく言う私たちもこうして散策するまでは知らなかったので、知った者勝ちということにしておこう。


早速、ko-1と共に船尾の方へ向かう。
もともと陣取っていたところも、いつのまにかおばちゃんの集団に窓際をとられてしまっていたので、ここは退去することにした。周りの宴会も盛り上がっていて、かなりうるさい状況になってしまっている。
折りたたんだだけの寝袋と、水色のリュックを持って、船尾の2等展望室へ向かう。


ここも同じように絨毯敷きになっていて、枕も壁沿いに積まれていた。このまくら、病院の診察ベッドにある枕のような硬さで、お世辞にも快適な睡眠が得られるようなものではなかった。…が、ko-1はこういう硬い枕が好きらしく、ホテルのようなふかふかのものよりはいいらしい。ん〜これは人それぞれといったところか。


展望室に入って、向かって左側、非常用のドアがある付近に陣取る。まだ辺りは人もまばらで、自分の居場所を求めて移動してくる人がまだまだいた。寝袋を壁際に沿って敷き、枕元にリュックなどの荷物を置く。物が頭の近くにないと落ち着かないので、いつもこういうスタイルになってしまう。



-船尾の船室 右手前がまるえもん、奥がko-1の荷物&寝るスペース-



それぞれ、荷物や記録の整理をする。今までの記録を書き上げる。本州を走った分の結果が出た。
日程的にもそれほどきつくはなかったので、去年の広島分とまではいかなかったが、800kmオーバーだったので、6日間でこの距離ならかなりのものだろう。もっと体力があるチャリダーならさらに距離が伸ばせたものだと思うのだが、さすがに最近ろくに運動もしていないもので、ひざ等のことも考えるとこの辺りが妥当だった。


一段落したところで、先のコンビニで買った晩酌セットで、一杯やる。今夜が明ければついに北海道、苫小牧へ到着する。フェリー分でかなり距離的に移動してしまうが、そこは気にしないことにする。


昼食というか、もう夕食状態になってしまっていたMilky Wayでの食事は結構消化されてしまったらしく、一杯の缶チューハイでもかなりの酔いが回ってくる。今までずっと運動していて疲れが溜まっているということもあるかもしれない。定番のいかそうめんを空けて食べる。…が、ko-1はあまり好きではないらしかったが、しっかり食べていたのでよしとしよう(笑)


ここで、今日、八戸の手前でもらったプラムをいただく。6個ほどもらったので、熟しているものからいただくことにした。熟れ具合にもかなり違いがあるので、時間差で楽しめそうだった。が、このプラム、皮をむかなきゃいけないので、ちょっと大変だった。船内でしかもゴミはビニール袋に入れるという状況なので、手も汚れてしまうので食べづらい。



程よく酔っ払ったところで、歯を磨いて寝ることにする。
洗面所に水道があったので、船室でもぐもぐと歯を磨きながら、洗面所へ向かう。
さっきからko-1が姿を消していると思ったら、通路のソファーに座って誰かと話していた。後で聞いたところによると、大学のときの知り合いに偶然会ったらしい。しかも、同じチャリダーだったとは相当の偶然だった。

フェリーのトイレで用をたしていると斜め後ろから視線を感じる・・・。と、突然その視線の主が話しかけてきた。少し戸惑いつつ、よく観察してみると、どこか見覚えのある顔で、必死に脳内の知り合いデータベースを検索した結果、仮面浪人で我が大学を去った部活の後輩だった。
いまは、新しい大学のチャリ部に所属しているようで、前日までその合宿で東北を走り回っていたそうな。合宿は現地解散だったのだが、彼は、「そうだ、北海道に行こう」とばかりに、そのままフラリとフェリーに乗り込み今に至るのだという。彼は猛者だった。
しばらく語り合い、お互いの連絡先を交換し、写真を撮って別れた。こういう再会もあるものか、としみじみ思いながら船室に戻った。まるはもう寝ていたので、私もさっさと寝ることにした。雑魚寝だが、寝心地の良い静かな部屋だった。


23時を過ぎると消灯時間になり、辺りの照明も落とされ、辺りはヒソヒソ話をする声や物音しか聞こえなくなった。最初に行った大きな2等船室はどうなっていたかは知らないが、船尾の展望室はかなりいい環境だった。…もしかしたら、自分が大きないびきをかいていたかもしれないが…。


空調の効いた絶好の寝床だったので、すぐに眠りにつくことができた。


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