北海道自転車旅行 -4日目-
<2005.8.27-9.7 Sat-Wed>
2005/8/30(火) 4日目 宮城県仙台市〜岩手県金ヶ崎町
8:30に起床。今日の朝食はホテルでのバイキング。これも宿泊代に入っているので、かなりリーズナブルだ。メニューは和食が中心だが、ご飯味噌汁を基本に、鮭や納豆、海苔といった基本のおかずはもちろんのこと、唐揚げやデザートなど、他のメニューも抜かりなく、そこらへんにある朝食無料のホテルとは格段の差を感じた。
朝食を満足に平らげた後、部屋に戻り、出発の準備をする。今朝の身支度があるために荷物はぐちゃぐちゃになっていたので、まずそれを終わらせなければならない。
10時直前にチェックアウトし、ホテルの裏の自転車を置いたところで作業をする。もう4日目ということもあり、積み込みも板についてきた。今回は、通常の紐ではなく、トラックの荷台にも使われているような黒い扁平のゴム紐を使っている。さすがに安定具合が違う。
ホテルの隣にローソンがあったのだが、店の前に荷物をがっつり積み込んだ自転車を置いておくのは心配だと言うことで、ホテルの裏に置いたまま、ローソンまでは歩いていく事にした。ここで、1Lのペットと500mLのペットボトルを購入。
10:20に出発。仙台市役所、宮城県庁に挟まれた4号線に出て、北上する。
仙台スタジアムを過ぎて、将監トンネルにさしかかった。このトンネル、なんと自転車通行不可ではないか。そして脇道には階段が。なんと…。ここは押して上がっていけということらしい。さすがに標識だけではなく、警察署設置の看板まであるものだから、危険なトンネルなのだろう。ということで、横の階段を上がっていくことにした。
かなりの高さを上がったところで、トンネルの上の道へ。ここは広い道がトンネルの道に沿って広がっていた。この道をそのまま進む。と、脇道の階段で上がった分、そのまま下り坂になっており、その先で再び4号線に合流することができた。
4号線合流後は走りやすい。
東北自動車道の泉インターを過ぎ、富谷町に入るところで一回アップダウンがある。そのヤマの上がりきったところにドラッグストアを発見。
ko-1はここで日焼け後のコンディショナーと、膝のサポーターを購入。昨日あたりから少し膝に負担がかかっていたらしい。しかし、サポーターによってかなり改善されたようで安心した。まだまだ旅程は半分も過ぎてなかったので、これからが本番である。
ko-1が買い物をしている間に、6日目のフェリーについて東日本フェリーに問い合わせた。受付時間を聞くつもりだったが、予約をしたほうがいいということになったので、そのまま電話で予約することにした。学生+自転車で2人分。予約番号をメモしておく。
この先、金成町に入り、道の様子がしばらく良くない。歩道が広く、それも平らに整備されていたので、道の悪い車道を走るよりは歩道を走ったほうが良かった。
13:50に、古川のジョイフルにて昼食とした。本旅行初めてのジョイフルである。前回の広島旅行では2回ほどみかけたが、北のほうへ走ってきて初めて見かけた。この辺ではあまり出店していないのだろうか。ジョイフル、神奈川県在住の私たちにはあまりなじみがないのだが、その価格設定にかなりの魅力がある。まぐろのたたき丼を食べたのだが、500円でお釣りがくる料金は感動モノ。しかも、一回来店すると、ドリンクのサービス券がもらえるので、連続して利用するにはかなりおトクな店ではないだろうか。
14:30にジョイフルを出る。ここまでの走行は41.6kmであった。さすがに出発が遅かったので、この時間でこの走行距離になってしまっているのだが、自転車旅行の走行は昼食後が勝負。眠気をこらえながらもいかに距離を伸ばせるかというところである。しかも、夕方になって気温が下がり走りやすくなってくると、さらに距離が伸びる。
そしてしばらく走り、大きな上りを越え、4回ほどのアップダウンを越えたあたりで、岩手県境となる。しかしこの辺、ラブホがやたら多い。山沿いという環境もあるかもしれないが、本当に経営が成り立っているのかと思うくらい多かった。
岩手県へ入った後、一回のアップダウンを越えて、修紅東北短大付近で急に開けてきて、都会っぽい様相を呈してきた。
-のどかな単線風景- -岩手県へ 本州行程もあと青森県を残すのみ-
間もなく一関を過ぎるが、ここも一瞬の都会で、再び山道が始まる。一関を通過したのが、18:00、走行は91.3kmであった。
今日はまだまだ走る。一関から平泉に抜けるのに、直線で4号線を通ると、かなりのアップダウンを越えなければならないのだが、右にそれるとそれが回避できる。…しかし、その詳しい道を調べてこなかったため、確実性を考えて4号線を直進することになった。ちょっと冒険してみたかったのだが、思わぬ方向に走ってしまい後で戻ることになってしまったら、精神的にもかなりのダメージになってしまうので、リスク回避ということで、かなりの坂ではあったけれども、直進することになった。
で、この坂、途中にはアヤシイ凍結防止剤自動散布機があった。別に機械自体はアヤシイものではないのだが(笑)その機械の名前、なんと「まきえもん」というらしい。ちゃんとキャラクターも書いてある。お、まるえもんと一字違いじゃん!と思い、止まって写真に収めようとしたが、やめてしまった。でも、少し走った後に、やっぱり撮っておけばよかったと後悔するのである。そのときはまだ間に合う位置にいたのだがやはり後で戻るのも面倒なので、やめてしまった。それでも、納得せずにしばらくその事を考えているのである。だったら早く撮っておけばよかったのにと思われそうだが、そのときはそうは思わなかったらしい。この機械、後に盛岡で見ることになるのだが…。
平泉に下りた後は特に大きなアップダウンもなく、平坦な道が続く。
前沢町を抜けて、水沢へ。水沢の手前で市街地方向―すなわち、駅付近へ曲がる。駅前なら、なにか食べるものがあるかもしれないと思ったからだ。駅前には20:10に到着。ここまで走行115.7kmだった。
…ところが、この辺は駅前が栄えていると言うよりも、国道沿いのほうが栄えていた。実際、諦めて4号線へ戻ってすぐに、吉野家を発見することができた。
私たちはその吉野家で夕食とした。ファミレスのようにドリンクバーを注文してゆっくりとしたりすることはできないが、500円程度でお腹一杯食べられるので、なかなかのコストパフォーマンスに満足である。
店を出てすぐ、足元から「バリッ」という音が。ガラス製品を踏み潰した感じの音で、思わず「うわっゴメン!」と叫んでしまった。が、よく見たらカナブンを踏んでしまったようで、そんな音がするとは知らなかったのでビックリした。が、私以上にko-1がビックリしたらしく、突然「ゴメン」なんて言うものだから、何かされたのかとヒヤヒヤしたらしい(笑)
お腹が満たされた後は、もう一走り。20:50に出発。
とりあえず、北のほうへ走りながら、ビバークポイントを探す。
当初の目標は北上付近であったが、さすがにそこまでいくにはかなり走らなければならなかったので、これから走りながら寝床を探すことに。
しばらく走ると、藤古付近で、立体交差が突然姿を現した。一旦止まって、地図を確認する。とりあえず、本線である左折方向へ。
4号線の左手には、東北自動車道が並走している。そして、右側にはJRが走っており、民家もそちら側が多いような気がする。左右をキョロキョロしながら、走っていく。
「金ヶ崎駅右へ」という表示を発見した。ko-1はそちらの方を見てみるということで、右折して跨線橋を渡る。その先には、駅を中心に集落があった。
早速、駅方面へ向かいながら、適当な場所を探す。
町並みからして、それほど古い町ではなさそうだ。
特にこれといっていい場所はなかったので、とりあえず金ヶ崎駅まで行ってみることにした。
…と、地方の無人駅とは到底思えないきれいな設備の整った駅が姿を現した。…これ、下手な都会の駅より設備が良い。
駅前に自転車を止めて、駅の中に入ってみる。この時点で21:45、走行は125.6kmであった。
-金ヶ崎駅構内- -立派な駅舎(翌朝に撮影)-
まず、エントランスには金ヶ崎を紹介するコーナーがあった。トヨタや富士通、塩野義まで誘致したらしい。階段を上がると、改札口が見える。さらにその奥には、コミュニティスペースとでも言おうか、自販機にテーブルとイス、さらにはテレビまで置いてあった。ここまで設備の整ったローカル線の駅が他にあるだろうか。
せっかくなので、テレビを少し見て、世間の情報を集める。そう、この時期は衆院選の話題でもちきりだ。
さて、一通り見たところで、野宿の準備をする。駅向かって右側の少し奥まったところ、ホームに柵一枚隔てたところを使わせてもらうことにした。
さっそく、駅のトイレを借りつつ、順番に荷物番をしながら寝る支度をする。
まずko-1が行き、私はその間に荷物整理や寝床のセッティングをした。その間に、電車が何回も行き来していた。客扱いをする電車はそのうちの半分くらいだった感じがする。というのも、多くが貨物列車であったからだ。しかし、線路が至近距離ということもあってか、通過時の音と振動は相当のものだった。…これは寝てしまえば気にならないのかもしれないが、ちょっと心配になってしまった。
通過した電車のうち、最終日に乗る北斗星、さらにはカシオペアも見ることができた。高速で走り去る電車のスピードに目を合わせながら見てみたが、そのわずかな一瞬にも、寝台列車の豪華な空間を垣間見た。
さて、今度は私がトイレへ。着替えて歯を磨くだけにしておく。旅行中ということもあってか、それほど細かい事は気にならなくなっていた。帰ってきたとき、ko-1は老夫婦と話していた。どうやら、地元の人らしい。
今日はここで野宿をすると聞くや、駅前は電車でうるさいということで、他に野宿ができそうなところを考えてくれた。…役所や広場など、いろいろと提案してもらったが、最終的には、家のガレージを貸してもらえることになり、恐縮しつつもお世話になることにした。
身の回りの整理も一通り終わったら、おとといもらった桃を食べる。ちょうどいい柔らかさになっていて食べごろだった。外の段差に腰掛けて、桃をいただく。涼しい風が吹く中、旅情にふけりながら食べていたが、夜の住宅街で桃を食べるというのは、地元の人にとってはちょっとアヤシイ光景だったかもしれない。
さて、その後は、寝袋に包まって寝る。
ちょっと旅行メモを書きつつ、日付が変わった頃には就寝。翌日は息子さんが出る7時前後にはお母さんも起きているらしいので、その時間に起床する事に。

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