富士山自転車旅行 その4 -3日目-


2001年8月13日(月) 3日目  富士登山〜山梨県富士吉田市



4時に無事起床。早速身支度をして、荷物をまとめる。さらに、登山以外の荷物は持っていっても邪魔になるだけなので、必要無いものはコインロッカーにしまう。

早朝なので正面玄関は開いてない。2階の裏口から出ていく。この出入口は外から開かない仕組みになっているので、忘れ物をしたら大変なことになる。

前回、かなりの霧と小雨だったため、今回も最悪の環境を想定して、スキーウェアももって行くことにした。かなりかさばるのだが、途中で死にそうなくらい寒い思いをしなくてもすむようにと思ってのことだった。逆にko-1はかなりの軽装備。どちらが吉と出たのか、それがわかるのはそう遅くはなかった。

辺りはまだ真っ暗。頭上にはきらめく星空。幻想的な雰囲気だった。軽く準備運動をして、いざ出発。
6合目までの途中で、晴れていればご来光が拝めるはずである。この星空からして、ほぼ間違いないだろう。

少し歩くと、辺りはだんだんと明るくなってきた。見晴らしの良いところで、私たちは足を止めた。周りにも、登山に来ていた人たちがたくさんいる。これから山頂を目指す人、山頂から戻ってきた人、ご来光だけ見に来た人、いろんな人たちと出会った。

立ち止まって空を見ている私たちに、中年のおじさんが話しかけてきた。登山の話を始め、若い頃の話など、いろいろと話してくれた。やっぱり、人は年を取るといろいろと話をしたくなるものなのだろうか。旅先で話を聞くのはお年を召した方が多いのは気のせいではないだろう。

そんなこんなでいろいろ話しているうちに、いよいよ日の出、ご来光である。空の一番明るい方向を見定め、眼を凝らす。
辺りにいる人たちは息を呑んで空を見つめていた。ピーンと張り詰めた緊張感があたりに漂う。オレンジ色の光が姿を現すと、一斉にため息が漏れた。
私はすかさずカメラのシャッターを切った。また、さっきまで話していたおじさんに、ko-1とともに、ご来光入りの写真を撮ってもらった。

日はあっという間に昇っていく。瞬く間に太陽は丸い全身を見せた。


     
               -もう間もなく、ご来光です…-                           -待ち焦がれたご来光-



今回の主題でもあったご来光という一大イベントも終わり、後は山頂を目指して進むのみである。



途中で天気が変わらなかったのも幸いして、テンポ良く順調に登り続ける。どうも富士山は子供と老人が多い気がする。野球チームと思しきユニフォームを着た少年たちが元気に登っていく姿があった。

6合目、7合目と山小屋で適度に休憩をとりながら少しずつ山頂に近づいていく。それにしても人が多い、シーズン中の登山なら、まず遭難など起こらないだろう。標高が一気に変わったせいか、少々きつくなってきた。


  
-雲も眼下に-



山頂到着、山頂は土産物屋や食べ物屋で溢れていた。とにかく物価が高かったため、なるべく物は買わないようにしていた。道中、五合目で買った杖に焼き印を押してもらった。ここに来て驚いたのが、トイレが有料で100円もすることで、隣にある自動分解式のバイオトイレは200円もするのである。標高の高い場所では、排泄物を処理するにも、山を汚染しないためにそれなりの処理費がかかってしまうからだそうだ。

日本一標高の高い郵便局を見ながら火口の縁を周り、三角点に到着。その横で昼飯を食べ、暫しの休憩。気づいたら一時間くらい昼寝をしてしまっていた。日本一高い場所で昼寝をするというのもなかなか贅沢な感じがしてよかった。ちなみにko-1は三角点の前でバク転をした、日本一高い場所でバク転をする人はそういないだろう。バッチリ証拠写真を収める(笑)



―スナック菓子の袋が減圧により膨らむ―

                  
                       -剣ヶ峰へ向けてもう一息-                      -お鉢巡り中-



火口をぐるりと一周したら、別のルートを通って下山することに。登るときは良かった天気が、いつの間にか曇っていて、どんよりと暗くなっていた。

帰りは、雨こそ降らなかったが、雲の中を歩いていたため視界が悪く、気がつくと体の表面がビショビショに濡れていた。他の登山者で倒れた人が出たらしく、レスキュー隊が出動していて驚いた。とにかくひたすら下りの道が続いた。ko-1はただのスニーカーで来てしまったため、靴擦れを起こしてしまっていたようだが、それ以外はたいしたトラブルもなく下山することができた。富士山とはいえ、最低限の山の装備は持ってくるべきだったとko-1談。私は下り始めた頃から少しずつ体調が悪化していたが、無事に下山できたので良しとしよう。


私は相変わらずの頭痛に悩まされながら、なんとか5合目に到着した。ko-1はすでに先に到着していた。…遅くてすんません。

5合目到着は18:00だった。ここでお土産を買い込む。なるべく暗くなる前には麓に着きたかったのだが、この時点でもう不可能なので、可及的速やかに自転車の準備をした。

雲上閣のロッカーから荷物一式を取り出し、自転車に積めるように整理する。
自転車を預かってもらった雲上閣のスタッフにお礼を言い、自転車に荷物をセッティング。

全ての準備が整ったのは18:45。麓へ向けて走り出す。ここが富士山自転車旅行の醍醐味の一つ。今日は天候も晴れ渡っていたので、幸いにも下りで雨に打たれることはなかった。

ほとんどペダルをこぐこともなく、自転車はスーっと進んでいく。道を行く車もほとんどなく、まさに自由に走る事ができた。交通規制の時期に来たのはこのためでもある。
しかし、時間が時間だけに、走っているうちに辺りは暗くなっていく。

19時を回った辺りで、辺りはほとんど暗闇に包まれていく。
スバルラインに街灯があるはずもなく、真っ暗闇の中を自転車が高速で駆け下りていく。頼りになるのはセンターラインと、所々に設置された反射板である。…今思うとかなり危険な走り方だったなぁ。自転車にはテールランプをつけておいたので、後ろを追うko-1はこれを目印に走っていたようである。

しかし、真っ暗になると、本当に何も見えなくなる。蛍光灯一本も設置されていないので、カーブの存在に早く気付かないと、ガードレールに突っ込む事になる。さらに、場所によってはそのまま真っ逆さま…という事態にもなりかねない。私は自転車に備え付けてあったライトを手に持ち、進行方向を横に広く照らしながら、反射板の存在に注意して、カーブを早めに把握した。

無事にスバルライン料金所までたどり着いたのは19:30のことであった。ここからさらに少し下る。前方にバスが走っていて、その後ろをついて走った。60km/hくらいは出てたであろうか。追突には注意したい。

この後、国道沿いのローソンにて夕食を調達し、ホテルへ戻る。
ホテル到着は19:55、今日の走行距離は、下りのみだったので32.2kmであった。

明日は最終日、もうこのルートは4回目なので、特に変わった事は……あった。
今回は、帰りに246号線経由で帰ることにした。ko-1が246号線経由で松田まで来たので、帰りもそのルートになるはずである。距離的にはあまり変わらないみたいなのでそのルートで帰ることに。

4日目を読む

トップへ
戻る


Copyright (C) 2004-2023 maru All Rights Reserved