広島自転車旅行 7日目
<2004.8.11-17 Wed-Tue>
2004/8/17(火) 広島県福山市〜広島県広島市
6時頃、携帯が鳴った。確か目覚ましは7:30あたりに仕掛けたはずなのだが…と思いつつ、その電話を見たら、ko-1から電話であった。
未明のオリンピックで体操男子団体が金メダルをとったらしく、その電話だった。
かなり興奮してたらしく、それにつられて私も盛り上がってしまった。すべて見てたのだろうか、後でビデオを見せてもらおう。もう少し寝る時間があったので、目覚ましの時間を確認して、また布団の中へ。
さて、今日から本格的に雨らしい。5日目はなんとか未明に降っただけで助かったが、今日はそうもいかないようだ。
天気予報も、中国地方は午後から確実に雨が降ると予報していた。とりあえず、出発の時点では大丈夫だった。
フロント前で朝食を食べたあと、チェックアウト。ここの朝食もそれなりに充実していて、数種類のパンがたくさん置いてあった。やはりグレープフルーツジュースは存在するようで、私は何杯もいただいた。水分は摂れるときに摂っておかなければ。
さて、朝食が終わったら、早速部屋に戻り、出発の準備。今日はかなりの雨に降られることが予想できたので、寝袋を青いゴミ袋に包み、サイドバックの中身を全てビニール袋の中に入れてから、収納した。この対策のあるなしで、後々の濡れ具合が全く違ってくることを今日の夜に実感するのである。

−ホテルスリープイン福山−
今日も2号線にて西へ向かう。出発は10:20。
2日目の豊橋で購入して以来ずっと、アミノサプリの空容器を手とハンドルの間に挟んでエアクッションにしてきたが、ここへきて左手のしびれも限界に達していた。薬指に始まり、中指、人差し指にまで広がっていた。
尾道に着く前に一度雨に降られ、いよいよ年貢の納め時かと思い合羽を着るもすぐに止んだので、尾道に着いた時に脱いだ。
尾道到着は11:40、走行20.7kmであった。しかしその後12時を回ったあたりから雨が降り出し、夜まで降り続くこととなった。
何を思ったか、合羽はズボンだけはいて、上着は着なかった。きっと、上着を着ると、蒸し暑さのために汗だくになってしまうことを警戒してのことだったのだろう。しかし、いくら蒸して汗をかくからと言っても、雨に打たれたような汗をかくかと言ったらそんなはずはなく、今となってはなぜ上着を着なかったかは自分でも定かではない。

−尾道駅−
さて、小ぶりだった雨は次第に強さを増してくる。雨に打たれながらも、少しずつ、確実に距離を稼いでいく。
三原駅通過は12:40、走行36.6kmであった。続いて2号線を走り、本郷駅方面へ。
13:05には本郷駅付近を通過。
やはり雨が降っていると記録もつけづらく、濡れた手を拭いて、紙のノートにペンで書き込むのはやはり面倒だし、濡らしてしまってはいけないので、なかなか記録することができなかった。信号待ちで停車してても雨が降っている分、テキパキと作業する事ができない。まとまった休憩のときくらいしかノートに書き込む余裕がないので、チェックポイントを一気に3ヵ所くらい、語呂を作って覚えておいて、後でノートへ記入したりしていた。
本郷を通過すると、周りはすっかり山になっていた。広島旅行、最後のヤマである。まさにヤマというか、山。
今回の道のりは振り返ってみるとかなり平坦な道が多かった。大きな上り坂といえば、初日の御殿場、3日目の関が原、そして今日の東広島である。標高としては御殿場の方が高いので、それほどつらいものではないだろう。しかし、あいにく悪天候のため、それが私たちの体力にどう影響してくるか、そこがポイントだった。
途中、閉店してしまった軽食処の屋根の下で、休憩。時刻はすでに13時をまわっていたので、お腹も空いていた。この先、ファミレスを探しながらの走行となる。飲食店は、選ばなければ少しはあるのだが、やはり価格が気になるので、危なっかしいところにはうかつに入れない。
そんなこんなで、着々と上り坂を走っていく。一つ、軽いアップダウンがあり、雨の中の高速走行になった。完璧な泥除けを装備していない関係で、前輪がすくい上げた泥水が風に押し戻されて顔に降りかかってくる。高速走行中にビーズ大の小石が目に入ったり、泥水が容赦なく顔を襲ったり、かなりデンジャラスな下りとなった。やはり、ここはめがねが必要だろうと切に感じた。

−東広島への上り坂 かなりの雨−
東広島までの坂道は、距離はそれなりに長いが、それほど急でもなかったので、比較的楽だった。
周辺の山景色がすこし都会らしくなってきたところで、新幹線が遠目に見えた。と同時に、東広島駅への案内表示を発見。いよいよ東広島到着だ。
途中にあったショッピングモールのバーミヤンにて昼食にした。到着は15:30、走行距離は69.0kmだった。
雨は依然強く降っている。風はほとんどないのだが、地面に降りつける雨粒がはっきりと見えるほど、雨が強く降っていた。
バーミヤンに入店するのだが、このままずぶ濡れのTシャツのまま入るわけにはいかない。Dはもういつでも入店できる状態だった。私は少し時間をもらって、Tシャツを着替え、準備した。そこのバーミヤンでは、店員さんが二人で回しているらしく、料理が出てくるまで少し時間がかかるかもしれないとのこと。平日昼間ということもあるかもしれないが、結構大きなショッピングモールに見えたので、店員さん二人で回せるほど繁盛してないのかと思うとちょっと意外だった。
ここで1時間ほど昼食にして、再び広島へ向けて走り出す。今度は、しっかり上着を着て出発。なかなか快適だった。…はじめからこうしていればよかった。
東広島を出たら、松木駅方面へ向かう。道はバイパスのようになっていたが、広い路肩のため、自転車も走りやすかった。ただ、かなりの雨が降っていたので、トラックなど大型車が通ると、細かい水しぶきが全身に降りかかってくる。
17:05には松木駅前を通過。走行距離77.3km。ここからは下りとなる。今日、ここまで上ってきた分を下れるのだ。前輪が跳ね上げる水しぶき対策に、めがねをかけていざ下りへ。
ほぼ30km/h以上のペースで下り続ける。17:25には瀬野駅前を通過。走行距離は87.9km、あっという間に10kmを走ってしまった。
瀬野駅を過ぎた辺りから下り坂は緩やかになっていった。緩やかと言っても下りは下りなので、自転車にとってはいい地形だ。
このまま2号線を直進する。途中、下り線がものすごく渋滞していた。私たち自転車は車の間を縫うようにして走っていったが、どうやら原因は事故だったらしい。渋滞の先頭では、すでに警察が来て現場検証をしていて、野次馬もそれなりに集まっていた。
さて、2号線も西へ進路を変える。
さらに走ると、吉野家が見えてきた。昨日、吉野家で食事して、キャンペーンの補助券をもっていたので、早速ここで夕食をとることにした。
吉野家到着が18:30、走行距離は102.7kmであった。雨はかなり小降りになっていて、もうほとんど止んでいると言ってもいい状態だった。…といっても、合羽はかなり濡れていたので、上着を脱いで自転車のところに置いておき、軽く水気を落として入店。さすがに水気を全部拭いていたらきりがないので、ほどほどのところで入る。
吉野家はさすがにファミレスと違ってゆっくりできないので、40分ほど時間をとって、再び出発。席を立ったら、椅子が濡れていたので、後の人のことも考え、しっかりと拭いておいた。
吉野家の向かいのコンビニにて、明日の水と、今夜の酒、広島の旅行ガイドを買った。それから、心理学の本を見つけたので、新幹線での暇つぶし用についでに買っておいた。
ここからは一旦広島駅へ向かう。一応、広島へ来たので、駅前で証拠写真をおさめておきたかった。広島大学医学部付属病院を通り、さらに広島駅へ向けて北へ進路を変える。広島電鉄…いわゆる広電の駅を目標にしながら、広島駅を探す。
少し迷いながらも、広島駅へ無事到着。まだ雨は完全に止んではおらず、降ったり止んだりが続いていた。広島駅到着は19:25だった。
先ほど、メーターが故障してしまったので、今日の走行距離は102.7kmで止まったままだった。
さて、ここで写真を撮った後、明日の新幹線のキップを買いにみどりの窓口へ。帰りの新幹線は、広島から小田原への最終電車、18:28広島発のぞみ30号に乗り、さらに名古屋乗換えでひかり326号に乗り、小田原へ。藤沢到着は22:49の予定。
広島で18時頃まで観光できるので、なかなかのプランが組めそうである。

−ついに広島駅に到着−
キップを買うときに、二人同時に買わなかったので、連番にならなかったという不備があったが、なんとか席を確保する事ができた。ただ、さすがに最前列または最後列は埋まっていたらしく、席は中ほどであった。まぁその辺は贅沢言ってられない。キップが確保できただけでもよしとしよう。
さて、その後はコンフォートホテル広島へ向けて、駅から地図を片手に走る。最後の走行だ。広島駅前のロータリーから脱出するのにかなり手間取った。ちょっと大回りするのが億劫になってしまい、付近で横断できるところを探したが、結局ロータリーから抜け出すことができず、タクシーの進路に入ってしまい、何回もクラクションを鳴らされ、運転手の冷ややかな視線が刺さってきた。結局、さっき来た道をそのまま引き返してから、広電を目安に走っていく。やはり、「急がば回れ」である。
…ところが、なぜか今回の旅行はホテルにスムーズにたどり着けず、また全く違う方向に走っていってしまった。広電の北東側の終点まで行ってしまった。突然、あるはずの線路がなかったので、現在値の把握が間違っていた事に気付かされる。
駅から少し南にいったところには、大きなビルがそびえたっていた。単発的に大きなビルがどっしりと構えていたので、広島の中心部にまた戻ってきたのではないかと一瞬思わせた。
さて、かなりぐるぐると迷いながらも、広電の駅を目安に、平和公園の方へ走る。大通りに出たら、そこからは確実にたどり着ける。ここの大通りも、横断歩道がないところもあり、自転車での横断は危険を伴う。
20:45にはコンフォートホテル広島へ無事到着。一旦フロントへ行き、自転車の置き場所を教えてもらう。さすがに都会なので、駐車場は地下に用意されていた。そこに自転車置き場があったので、そこに止める。さて、今日は一日中雨に打たれていたので、荷物には相当な泥がかかっていた。雨に濡れているときは全く気付かないのだが、乾いたときに砂がたくさん残るので、厄介だ。ここで落としておかないと、ホテルの中を汚すことになってしまうので、かなり気を遣う。エレベーターにて1階のフロントへ。…しかし、使うエレベーターを間違えたらしく、1階についても、目の前には柵があって、降りられなかった。よく見てみると、エレベーターはお世辞にもホテルのエレベーターとは言いがたく、明らかに業務用であろうことが想像できた。
さて、エレベーターを乗換え、無事にフロントへ。チェックインし、客室へ向かう。ここでは、8階だった。
名古屋のコンフォートホテルと同じ系列らしく、サービスもほとんど同じだった。

−コンフォートホテル広島−
部屋に入り、Dからお風呂に入る。で、私はその間に電話、メール、今日の会計、日記をつけ、ちょうど風呂が交替になったので、ゆっくりさせてもらった。さて、その後はアテネオリンピックを見ながら、各自荷物整理。今日の雨に打たれて、中身はかなり水を吸っていた。
雨が降るので、ビニールに入れてから、サイドバッグに荷物を入れていたのだが、その措置をしても下の方に入れておいたものはかなり水を吸ってしまっていたので、二重にビニールを被せるなどしておいたほうがよりよかったのかもしれない。しかし、まったくその処置をしてなかったらと思うとぞっとする。防水スプレーをかけてはおいたものの、それは気休め程度にしかならないので、雨が降りそうなときはしっかりと対策をしておいたほうがいいと改めて感じた。
濡れたバッグなどを広げて、明日までにできるだけ乾かすことに。
明日は…微妙な予報だった。一応、観光のみということにしておいたが、雨が降ったらかなり行動が制限される。中国地方は曇り/雨という予報が多い。天気ばかりはどうしようもなので、祈るしかなかった。
そして、明日の観光の具体的な予定を立てる。コンビニで買った広島観光ガイドを見て、行きたい場所をリストアップして、順番を考える。平和公園、原爆資料館、原爆ドームは必須。それから、宮島の牡蠣、厳島神社、広島のお好み焼きというルートで決定。
午前中に原爆、広電で移動し、宮島へ行き昼食、そして広島市内へ帰ってきて、お好み焼きを食べて新幹線で帰宅というプランでいくことにした。
日付も変わろうとしてきたころ、二人で一杯やって、それぞれ床に就く。翌日はまた8時前くらいに起床。自転車で走ったのは、ここまでで、明日は観光のため、移動は電車が主体に。
全7日をかけて走ってきた広島自転車旅行。無事に目的地に到着することができた。

−平和記念公園− −原爆ドーム−

−厳島神社− −お好み焼きみっちゃん−
------------------筆者より--------------------
全8日間の日程を組んで、広島まで自転車で走破しました。感無量です。
前半4日目の京都までは、2年前に行ったことがあるので、安心して走ることができたと思います。ただ、一度走った事がある道であるがゆえに、先の道のりが読めてしまい、あまりの遠さに走る気力を失ってしまう事がありました。…2日目の浜名湖あたりですね。ですが、Dの一言で、自転車魂に火がつきました。その後は過去に例のないペースで走り続け、何事もなかったかのように名古屋に到着しました。一人で来てたら、間違いなくエスケープルート(電車)を使っていた事でしょう。やはり、旅の友というのは、重要だと改めて感じました。
最終的に、途中でルートに穴ができることもなく、無事に広島まで自力で走破する事ができました。途中、野宿あり、パンクあり、人とのふれあいあり、夏の日差しに照らされ雨に打たれ、真夏という過酷な条件の中、7日走り続けたことはいい経験になったと思います。
終わってみて、思うことは、やはり旅はいいものだということに尽きるでしょう。前回(京都)の4日から、8日と倍の日程でしたが、一日一日貴重な体験ができたと思います。5日目の野宿の時、もう少しで終わってしまう寂しさを感じたのも、充実した旅であったことを物語っています。
ただ、後遺症として、左手指先の痺れが残ってしまった事が気になります。この原稿を完成させたのが旅行の3ヶ月後のことですが、まだかなり残っています。次の旅行の時には、おさまっていて欲しいのですが、果たしてどうなるでしょうか。一度医師に見せた方がいいのか、気になります。
さて、次回(来年)はどこにしようかという展望ですが、未踏の地、北の方がいいのではないかと計画しています。西の方へは広島まで走ることができたので、今度は北を目指してみたいですね。今までの最北は群馬県なので、さらに北へ北へと行ってみたいと考えています。…その前に、旅行資金を貯めなきゃ。
-----今回参加のDからも、コメントが届いています-----
夏の旅は文章にしてもこんなに長かったんですねぇ。思い返してみても、自分が広島までチャリで行ったのが嘘みたいです。
旅行中はギアがイカレたりパンクしたりとその他いろいろトラブルメイカー担当で、ご迷惑おかけしました‥。本当にまるに付いていくだけで、宿泊やコースなど全て任せっきり。自分は楽ばっかりでした、すいません。自分のした事といったら、ご飯食べる所をリクエストと一番風呂に入ることくらいでしたね(笑)
旅行中に「なんとかなりますよ」は、3回言った覚えがあります。本当はもっと言ってるでしょうけど、覚えてるのは3回。一日目の温泉に間に合うかどうか微妙だった時、電車に乗ってエスケープするか迷った時、宮島でフェリーに間に合わなさそうだった時ですね。
エスケープするか迷った時、事前にエスケープを使うかも、という事は一応聞いていました。でも、なにがなんでも避けたいと思っていました。途中で電車を使うよりも、旅をリタイアする方がまだ諦めがつく気がしていました。膝の話は聞いていて、広島まで辿り着くことができないかもしれない、という覚悟はできていましたしね。
でも、以前に2回まると富士山の5合目までチャリで登ったりしていたし「絶対になんとかなる」と思っていました。まるの気合と根性ならっ。それに、何とかならなくても全然構いませんでしたし。これが一番の理由かもしれません。今思えば無責任な発言でしたね(笑)でも結果オーライです。温泉も入れたし、帰りの新幹線も間に合いましたしね!
それにしても‥広島の牡蠣!ほんと感動的な美味しさでしたねぇっ。私は広島出身で牡蠣は食べたことがあるんですけど、あんなにドラマチックに美味しい牡蠣は初めて!あの牡蠣を食べるために一週間、朝から晩までペダルを漕ぎ続けたんだと、そう思いました。一生の思い出です。
この夏の旅はいろいろな思い出がつまってます。本当に素晴らしい思い出をありがとうございました。次回は北ですか?美味しいものがまたありそうですね♪またお供させてくださいね。

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